2024年11月18日
🐻11月30日迄に『景勝園』『神工園』『手稲鉱山』のJRバス停が消える❕
🐻✋ジェイアール北海道バス(本社:札幌、通称JRバス)は12月1日のダイヤ改正で、小樽線のバス停『景勝園』と『神工園』(いずれも小樽市張碓)が廃止、手稲鉱山線は12月のダイヤ改正で『手稲金山線』バス停も『手稲鉱山』(札幌市手稲区金山)は名称が変更になり『イムスリリハビリ病院前』になります。

特に…『景勝園』と『神工園』は最近では…バス停に乗車や降車の客がいない『謎のバス停』としてSNS上で有名になりました。
①【『神工園(しんこうえん)』(小樽市張碓)・小樽線】

『神工園』は昭和10年代に小樽市張碓地区の張碓トンネル付近で現在の採石場辺りに『レジャー施設』として誕生しました。
『神工園』の『神工』とは“神が造った自然の庭園”という 意味合いを込めた言葉らしく、 山中の自然地形を生かした 遊歩道などがあったと言います。
その後戦争で神工園が休園となり、終戦後は開園する事もなくバス停の名前だけが残る結果になりました。
②【『景勝園』(けいしょうえん)(小樽市張碓)・小樽線】
景勝園は昭和32年に『ジンギスカン料理店』として開店しました。


昭和35年に高級旅館『景勝園』として生まれ変わりました。
当時は『露天風呂』もあり、元読売ジャイアンツの長島茂雄氏が旅館に泊まりに来ていたそうです。
昭和45年に火災で全焼し、その後は『ジンギスカン料理店』として再び営業をしましたが、平成23年の『風雪被害』等で建物の損傷が酷くなり、張碓の景勝園はその後閉店となりました。
景勝園のジンギスカンは…札幌すすきのにある『杉の目』で味わえます。

『神工園』と『景勝園』のバス停付近は当時は利用者がいましたが、現在は周辺に宅地等もなく、最近は利用者もほとんどいないとの事で12月1日のダイヤ改正で廃止になります。
③【手稲鉱山ていねこうざん 札幌市手稲区金山・手稲鉱山線(12月から手稲金山線に変更)】

バス停の『手稲鉱山』は、札幌市手稲区金山地区にあります。12月1日のダイヤ改正で名称も『イムスリリハビリ病院前』に変更します。
手稲鉱山は…明治24年(1891年)、鳥谷部弥平治(とりやべ やへいじ)が銀銅の試掘を願い出たのが始まりです。
当時の手稲山は一面原始林であり、作業は難航して失敗が続きました。
本格的に鉱山事業が始まったのは、昭和3年(1928年)からでした。
昭和9年(1934年)には、鉱石を運びおろすケーブルもでき、産出量も順調に増加していきました。

手稲鉱山が最も栄えていたのは、三菱鉱業が経営していた昭和10年(1935年)から昭和16年(1941年)頃で、最盛期には月産5万トンの金銀銅の原鉱石を産出していました。
東洋一といわれた選鉱場もこの頃に建設されたものです。
しかし、戦後は鉱業権も太平鉱業、三菱金属鉱業、荒川鉱業、千歳鉱山等へと移り変わり、産出量も減少して、昭和46年(1971年)には閉山を迎えました。
(※現在は私有地の為、敷地内『立入禁止』になっています。)
今回は12月1日のダイヤ改正で、3箇所のバス停『景勝園』と『神工園』は廃止、『手稲鉱山』は名称を変更になります。

『手稲鉱山探検』については…敷地内には急な崖等があり、危険性があるので…敷地内には絶対に行かないようにお願いします🙇♂️⤵️










